僕の代の卒業式で、生徒会長が読んだ答辞が湘南高校をよく反映していてとても面白かったので、許可を取って紹介しようと思います。
(協力してくれたある先輩と生徒会長に感謝します。最後の部分は一部省略しました。)
では、どうぞ。
卒業生の言葉 答辞
2006年4月6日、優しい春の日差しが時の流れを穏やかにし、桜の花びらや青々とした空によく似合うこの校舎に迎えられ私達は湘南高校に入学しました。
不安な気持ちに勝る希望を胸に、あの時は大きな行事であった入学式での言葉を一つ一つ噛み締め、緊張の中高校生活が始まりました。
翌日のクラブオリエンテーションでは、
教育目標である“真摯な態度をもってより高い知識の習得”に努める先輩方の貴重なお話が聞けるのだと姿勢正しく構えていました。
そんな私達の目に飛び込んできたのは、
「湘南ゆうても海まで3キロ」とあるあるネタを繰り広げるなんとも滑稽な先輩方、
しかも1人や2人ではなく、大勢の憧れの湘南生がぼけては突っ込み、滑ることも怖れず、小学生のようにはしゃぐ流行にあやかったコントライブ。
重要な部活の紹介はほとんどせず、笑わせるだけ笑わせて終わり、その繰り返しが3時間ほど続き、緊張が解かれ、
入学2日目にし私達が描いていた真摯でより高い知識の湘南生像は裏切られることとなりました。
入学後すぐまた行事、
訳も分からず3年生の教室へ連れて行かれ、陸上記録会の応援練習をしました。
高校生のノリに合わせるのに必死だった頃、
私達は初めての陸録で原点の怖ろしさと、colorではなくカラー(※1)の存在と打ち上げの楽しさを知りました。
一回目の陸録は電車の遅れで開始時間が遅れ、2回目は雨によりフィールド競技が中止となる中、最後の陸録は晴天で災難なく行われました。
平塚競技場で競技に出場したことより、
小道具パートが作ったのぼり、衣装パートが作ったはっぴと大きな色旗のクオリティーの高さに驚かされ、各カラーおそろいのカラーTシャツに身を包み、みんなで一日中応援したことの方が印象的な3回の思い出です。
その他の行事の中でも、唯一クラス単位で活動せず、減点がない文化祭。
行事毎に深まる生徒と生徒の絆。
その度に広がる生徒と先生の距離。
行事があると互いに程よい距離を望みつつ、関与し合わないのが湘南暗黙のルール。
基本的に先生が職員室にいる間が私達の活動時間です。
そして、職員室以外が私達の活動場所でした。
高校の思い出を振り返ると、数々の行事が浮かび上がりますが、
実際、この3年間の大部分を占めるのは授業。
3年前に初めて経験した70分授業が長く感じましたが、
慣れてきた頃には、みな腕が磨かれ、忙しくまた短い70分間になる時期もありました。
学校説明会では語られない隠された伝統芸能とも言える、縄跳び、12分間走、水泳。
有難いことに湘南ではしっかり補習もあります。
朝から跳ぶ生徒、朝から叫ぶ体育教師、
きっといつか、横交差斜め跳び旋回左右周り(※2)が役に立つことがあるのでしょう。
また湘南では大切にされている予習復習。
特にこれに使った本と言えば、3年生発行のカラー冊子でした。
どんな高校案内書よりもリアルに書かれていて、
3年生の後輩を惹きつける手口としては大成功であり、
特に、自分たちの代の物は卒業アルバムよりも、やりたい放題の思い出深い一冊です。
合唱コンクールでは、
念入りに髪を黒く染め、全員標準服に揃え、ある意味体育祭以上のイメチェンになった人も少なくないでしょう。
各クラスの様々なドラマが繰り広げられる行事に、湘南では当たり前の初めて担任の先生に歌声披露となりました。
何と言っても一番盛り上がるのはライバル対象外の職員合唱でした。
今となっては当たり前であるパートの“パ”という一文字に入学時は疑問を持っていました。
改めて振り返ってみると、“パ”にはこの3年間の思い出がたくさんつまっています。
青パ、行パ、特別会場、一般会場、エコパ、会計、ライパ、食パ、警備、受付、接待、
他には、テレビ、放送、音響、進行、会場、環境、整備、表彰、採点、総務、BB、大道具、コドパ、いしょパ、かそパ、ぎょうパ、
あと十年後にはママパやパパパができていることかもしれません。(※3)
2年生となりそれぞれ部活の中心として奮闘しながら、私達は自分自身の居場所が見つかりだして個性に溢れていました。
そして、待ちに待った修学旅行。
多くの人が京都でデジャヴに似たものを体験したものの、結局は新しい仲間と大いに楽しみました。
神戸のホテルは食事も夜景も素晴しかった一方で、京都の旅館に一言、二言ある人も、
第一回カラー集会をやったことも忘れられない思い出です。
ハロウィンやクリスマスには、
なぜか各クラスで競い合うように飾り付けをし、
授業に支障が出てしまうこともありました。
あの頃まだ若かった私達は毎日を楽しむばかりでした。
クラスがマンネリ化してきた頃に私達は3年生になり、
とは言え、それまで楽しい時間はあっという間に過ぎて、3年生になるのは簡単でした。
ここからが私達の本番です。
最後の体育祭のせいでこの行事が大嫌いになった人もいれば、一生の思い出になった人もいます。
この場で振り返られるほど簡単ではない長い深い思い、ほとんどの人が体育祭を中心に生活していました。
メーリスが情報源となり、早弁して、昼休みは会議をし、
放課後活動して、夜7時半に校門を出る生活から、サンダルにジャージ姿で、一日中作業の夏休みを過ごし、
頭の中は体育祭のまま期末テストがあり、
その上、朝7時半からの活動が課され、夜7時半前に急いで校門を出てからさらに活動、というような24時間無休スタイルが続き、
ピチピチだった私達もサンダルとともにボロボロに。
しかし後輩と過ごす時間は至福の時でした。
そんな体力の限界を超え、頭髪のダメージも限界を迎える頃、当日がやってきてしまいました。
この9月15日のために頑張ってきた一年だというのに、それまでの記憶に潰されそうな初めての経験に燃え尽きた後、
最後のカラー集会で青春を使い果たし、かなり大人びた皆がいました。
ある先生が一年生の時、授業で言った言葉、
「体育祭で1位を取れずに悔やんでる奴はいっぱいいるけど、こんな体育祭をやっているのは日本で他にないんだから、たとえ8位を取ったとしても日本で8位なのよ」
今、ふと振り返ってみると、桁外れなことをやっていたのだと思うけれども、
後輩に勘違いして欲しくないのは、
これは1位を取らなくてもいいという意味ではなく、皆が1位を目指すから、たとえ1位じゃなくても日本トップエイトなのです。
最後のカラー集会では皆本音を語ったはずです。
あの時の言葉を忘れずに、60回続いてきた伝統ある行事を引き継いでどんどん進化させていって下さい。
この濃過ぎる3年間は辛過ぎることも楽し過ぎることもありました。
クレイジーな忙しさに本当にクレイジーになっちゃった人もいるけれど、
個性的な仲間とともに、湘南では常識だけど世間ではかなり常識外れな日々を過ごせたことは貴重な経験だったと改めて感じています。
行事があれば朝練があり、夏休みは学校で過ごし、勉強よりもパート活動を優先し、藤沢ピープルの家に泊まりこんで、髪はキャンバス化し、キャンプを好み、
大人には秘密ばっかりな私達を理解してくれた保護者の皆さんにはとても感謝しています。
今日、この学校を卒業するなんて全く信じられず、
入学式の時には赤の他人だった隣の人も今では3年間の思い出を共有する仲間です。
昨日湘友会に入会した私達はこれ以上の3年間を過ごす若さはもうないかもしれませんが、
燃え尽きた炎にもう一度明かりを灯し、湘南生の底力を発揮して、
“夢にときめけ、明日にきらめけ”
とばかりに個性に溢れる様々な道に進んでいくことでしょう。
また、
寛大で、時には「あんた達!」と厳しく、私達をアメとムチで支え、さりげなく生徒を見守って下さいました先生方にお礼の言葉を述べたいと思います。
1組 お節介なネコマニア ――
2組 時代遅れの熱血教師 ――
3組 ―― 優しさまんてんの ――
4組 ――の 優しさパラダイス うるしー
5組 溢れる脂肪(?)の大切さ せりさん
6組 新婚ラブラブ しのさん
7組 俺らの太陽 みのさん
あゆちゃん大好き
8組 あゆちゃん大好き
本当にありがとうございました。(※4)
※1 “カラー”は「ラー」のところで調子を落とさず、「カ」のより少し高い音で読む感じ。つまりイントネーションがちょっと違う。
※2 横交差斜め跳び旋回左右周りの動画→ゆっくりバーション 発展させたバーション
※3 湘南体操のBGMに合わせて読んでいました。
※4 生徒が叫んで言ったので上手く聞き取れませんでした。「あゆちゃん大好き」が2回続いてるのはわざとです。
※ほんの一部言い直したいところもありますが、最後の最後以外の文章自体は“パ”の中の「警備」以外は原文通りです。警備のところは聞き取れなかったので想像して書きました。
―――――
今でもいつにでも考えても母校が湘南でよかったとよく思います。
愛校心にあふれてすみません(笑
やっぱり、
湘南での経験が自分を成長させてくれたと思うし、出会えた友達がほんとうにいい人ばかりです。
この前に湘南卒業生とメールしたら、すごく湘南生風な感じで非常に感慨を覚えちゃいましたwww
高校生へ
勉強・部活・行事・個人的な事などなど、1つだけでなくて、いっぱいやろう
つまり文武両道、あるいはそれプラスα
悩んで、決断して、行動して、やり切る
自分でやって、自分のベストを尽くす
挑戦する姿勢を大切に、伝統を踏まえた新たな歩みを刻め!
(最後の言葉は湘南高校公式HPから拝借しました かっこつけました。はずかしw)
最近のコメント