最近暇過ぎて困ってます。
受験終わるとやる事がない!
今まで受験を始める前何をやってたっけ?
最近の事について何もネタがないので、僕の受験勉強法でも紹介しましょうか・・
まず、基本データとして、
学校の授業は、
1年 英語・国語・数学・理科総合・地理・現代社会・美術・家庭科
2年 英語・国語・数学・物理・化学・日本史・世界史
3年 英語・国語・数学・物理・地理・日本史
確かこんな感じで、
センター教科は、
英語・国語・数学・物理・地理・現代社会
二次試験は、
英語・国語・数学・日本史
です。
けっこう履修科目は多いです。
理科総合は生物の内容を、現社は倫理・政経の内容を含んでるので、だいたい音楽以外は触れたんじゃないでしょうか。
で、基本の作戦は、
- 塾に行かない
- 授業は寝ない
- 疑う
みたいな感じです。
僕はペースメーカーは学校にしてました。
まあ、塾をペースメーカーするのもいいとも思いますけど、実際それで成功している人もいる訳ですし。
でも、個人的にはそんな高い金をかける必要はないと思います。
塾に通ってない、塾がどんなものか知らない人が言うのも変ですが、
結局、勉強するのは自分であって、塾の先生がするんじゃないから!
個人的に重要だと思っているのが、
4,疑う
勉強関係は最大限疑う、という事です。
まず問題集を筆頭に、先生の言う事はもちろん、時には辞書さえも疑え!
と僕はみんなに言いたいです。
普通に勉強してると分かると思うけど、問題集の酷いものはそれなりに間違えてるよ。
駿台の京大青本だって明らかな誤植があったし、Z会のセンター解説にも明らかな誤植がありました。
特に、よく間違えるのは赤本!!
正答が公開されてないので、しょうがないとも思いますが、赤本と青本は全く逆の事を言う事がしばしば。
例えば、古文。
主語が赤本と青本で違う!!
古文だから諸説ある部分もあるけれど、仮にも一流大学が入試問題として傍線を引いて問題にしている部分だから、
そこを答えの主語が食い違うのは、確実にどちらかが間違えてるんでしょう。
それから、
入試問題自体が間違えてる時もけっこうあるしね。
特に、選択問題はかなり入試問題自体が間違ってるよ。
慶応・上智とかは何故か興味がなかったので、過去問をといた事がなく、分かりませんが、早大はけっこう間違ってます。
1つの例として、
2006年早稲田大学教育学部の漢文への青本(=駿台)の批判。
引用
(前文省略) 真面目な受験生であれば (中略) 出題者の「奇妙な訓読」に戸惑ったに違いない。しかも第三句は問二十九を考える上で根拠となる箇所 (中略) 作問する者が正しい訓読ができていないのに、それでいて受験生に「書き下し文」を問うなど、言語道断である。出題者には猛省を促したい。
引用
(前文省略) が、間違っても「ざらば」とは決して読まない。これくらいのことは、早大受験生にとって常識である。それを出題者は「ざらば」などと奇妙奇天烈な訓読をしており、実に恥ずかしい。受験生以下の訓読力である。やはり出題者には猛省を促したい。
(中略) 久遠の理想を求めた輝ける早稲田の俊英も、今や集まり散じてしまったのであろうか。
入試問題の事は充分分かったと思うので、辞書について。
そもそも、英和辞書・和英辞書には限界があって、もちろん同じ日本語同士の古語辞書にもすごい限界があります。
凄く有り触れた例で言えば、
水とwaterの話とか。
あと、マトン(mutton)とシープ(sheep)の話とかね。
詳しく知りたい人は「フェルディナン・ド・ソシュール」の「一般言語学講義」の内容なので、ウィキペディアか何かで検索して下さい。
って、そんな人いないと思うから、誤解をおそれず言うなら、
日本語の単語と、英語の単語が1つずつ一致してる訳ないじゃん。
だって、
物が先にあって、それに名前を単純に世界中の人たちが名前を付けていったら一致するんだけど、
現実には物が先にあるんじゃなくて、人間からみれば、人間に認識される事によって、初めて「ある」ことになるんだから、認識のされ方によって、1つの名前で呼ぶ範囲が異なっちゃうでしょー
って事だと思います。
(それから、この話は湘南生では常識です。ジャグリング同好会の顧問でもあるN先生のおかげで湘南生は、この手の近代についてけっこう知識があると思われます。)
古語で言えば、
たくさん現代語訳をして、現代語訳している本と見比べていくと分かると思いますが、
古語辞典に載ってない訳で訳されている事がしばしばあります。
日本語同士でも、それぞれの状況にあわせようとすれば、代表的な訳以外もあるという事なんです。
って、
そういう小難しい話もあるし。
もっと単純に、辞書に載ってないのもあります。
(僕はジーニアス第3版、ロングマン現代英英辞典4訂新版を使っています)
例えば、
"structured"
これは、英英辞典には
carefully organized,planned,or arranged
例文
The interviews were highly structured.
a structured approach to teaching
という風にしっかり載っているんですが、
ジーニアス英和でだけで"structured"を訳そうとすれば、
"structured"では一切載っていないので、
"structure"の他動詞としての用法
「・・・を組み立てる」
を使うしかありません。
これでは、普通の受験生のレベルでは「組み立てられた」と訳すのが精一杯です。
定義のcarefully organized,planned,or arrangedとは大きくずれるので、ばつになるでしょう。
また、ジーニアスには
「S(主語) would that ~」 「(願わくは)…であれ, …であればいいのに」(参考プログレッシブ英和中辞典)
の用法が載ってない!
上智の文章でこの用法は出てきてました。
他には日本史にだってあります。
例えば、永仁の徳政令の出した翌年の廃止条項が本によって違う。
浜島書店 新詳日本史
土地の無償取返し条項は残して、その他の禁止事項は廃止した。
旺文社 日本史事典
第二項は翌年廃止された。
※
第一項 越訴禁止
第二項 御家人所領の売却・入質の禁止
第三項 幕府は御家人を相手にした金銭賃貸関係の訴訟は一切受理しない
2つが矛盾してる!
他にも色々あります。
ともかく、言いたい事は、疑った方がいいと思う、という事です。
もちろん当たり前の事ですが、たいていのものはあってます。
ただそれを本当にあっているのか、確かめていく過程で理解が深まるというものですから、その確かめていく過程がいいのです。
まあ、
と、いうより面白いんだよね。
活字に間違えを発見するのは。
授業中に見つけたりすると、かなりテンションが上がる。
例えば、古典のある問題集からコピーしたプリントが配られたんですが、そこの文中の助動詞の接続に関して不可解な活用がありました。
それを先生に言って、調べて来て貰いました。
すると、他の同じ文章の原文を見てみると、僕がいったような活用の方法になっていた。という事でした。
やったー!(笑
けっこうこの間違いを見つけるのは難しいと思うよ。
とあるジャンプ連載マンガで、福沢諭吉の「学問のすすめ」の「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」に関して、
準主人公のセリフで、その人物が頭がいい事を示すために
「『天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず』なんてことはない、人間は平等じゃない。だから、『天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず』だったらいいねって書け!」
という感じに書いてあった事がありました。
ちょ、ちょっと
その発言、その準主人公の頭の良さを示せません、
「もはや戦後ではない」と同じくらい間違いやすいキーワードだって、有名だと思ってたんだけどな~
福沢諭吉は、『天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず』で「人間の平等」を言いたいのじゃない。
「日本という国」を書いた小熊英二さんによれば
引用
『学問のすすめ』の文章が述べいるのは、こういうことだ。人間は平等だというけれど、実際はそうじゃない。勉強をするするやつは成功して金持ちになり、勉強をしないやつは貧しい下人になる。だから勉強しなさい。
みなさんは間違えないように気をつけて下さい。
僕の勉強法を紹介するとかいいながら、世の中の間違いを指摘するだけになってしまっていました。
結局のところ、新高一生には、
塾には行くな!
学校を大切にしろ!
ただ、間違いには気をつけて。
って、感じです。
でも、
ただ、やっぱり勉強に関して重要なのは、自分にあったスタイルを見つける事です。
結局は、自分で決めたものがいいのです。
高校生は頑張って下さい!
(1年から勉強しろって意味では全くないよ。一年なんか遊んでりゃいいと思います。
ただ後になって切り替えができる自信の無い人は、初めから頑張ってみて下さい!)
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